VRが可能にするトレーニング~仮想現実による研修が企業にもたらすものとは~

VRが可能にするトレーニング~仮想現実による研修が企業にもたらすものとは~

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2020/08/14

人はどれだけ仮想現実で能力を身につけられるのだろうか?ゲームなどの世界でVR(Virtual Reality=仮想現実)が活用され、より没入感のあるプレイができることはよく知られている。

しかし、現在は運動能力の開発や、危険な環境、珍しい状況に対応するための訓練といった実用的な目的にもVRが使われるようになってきている。

例えば、飛行機や自動車などの運転では昔からシミュレーターを用いた訓練が行われてきたが、今日では実世界では再現しにくい状況をVRが作り出すことで、より複雑なトレーニングが可能になっている。

今回はさまざまな状況下でのトレーニングを実現するVR技術を提供する企業と、その事例を紹介する。

VRが実現できるトレーニング分野の広がり

2016年あたりから「今年がVR元年」と言われるようになってきたが、VRの歴史は実際にはもっと古い。「仮想現実」という概念を最初に広めたのはアメリカのコンピューター科学者で音楽家、作家でもあるジャロン・ラニアー氏のVPL Research社が1989年にリリースした「The Eyephones」だ。現在のVRで一般的に使われている、頭部に装着するタイプのディスプレイ、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を含むシステムも、この頃に開発されている。

その後1990年代は、任天堂からHMDを備えたゲーム機「バーチャルボーイ」が発売されるなど、主にゲームやエンターテインメントの世界でVRが広まっていった。しかし当初は、数百万円レベルの高価なコンピューターや、当時まだ普及していなかったインターネット環境が必要だったことから、一時は下火になった。ところが2010年代後半に入ると、安価なHMDやスマートフォンが普及したことでVRブームが再燃し、その利用領域もエンターテインメントから教育・研修など実用的な分野に広がっていった。例を挙げると以下のようなケースである。

  • スポーツなど人の激しい動きや対戦相手を伴うトレーニング
  • 危険な状況や、実際に体験するにはコストがかかる状況でのトレーニング
  • 大量の従業員を短期間で効率的に育成するためのトレーニング

市場調査会社「Grand View Research」社のリサーチによれば、2019年、全世界的なVRの市場規模は1,032億ドル(約11兆775億円)と評価され、2020年から2027年までの平均年間成長率(CAGR)は21.6%になると予想されている。そしてその成長を牽引するのが教育・トレーニングでの利用だと述べている。

では、この成長分野で注目されている企業には、どのような技術があり、どのような教育・トレーニング分野に導入されているのだろうか。

スポーツ分野での取り組みで注目されたStrivr


(画像出典:Strivr社ウェブサイト

ここ数年、多くのVR関連テック企業が参入と撤退を繰り返してきた中で、大企業顧客を何社も射止め、一番の成功者と目される米カリフォルニア州サンフランシスコ近郊に本拠地を持つStrivr社であろう。創設者でCEOのデレク・ベルチ氏は大学院でVRの研究をしながら、アメリカン・フットボール部のアシスタント・コーチを務めていた経歴を持つ。

アメリカン・フットボールのトレーニングでのVR利用を、スタンフォード大学バーチャル・ヒューマン・インターラクション研究所の創設者でもある同大学のジェレミー・バイレンソン教授と共同で研究し、2人は2015年にStrivr社を創設した。同社はパフォーマンスの分析に始まり、最適なVRトレーニングコンテンツ・カリキュラムの製作から機器のセットアップまで行う。

まず注目されたのがプロスポーツの世界でのVR活用だ。NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)といった全米のプロスポーツリーグにおいてVRを使ったトレーニングが導入された。NFLで導入されたVRトレーニングについては、以下の動画をご覧いただきたい。

動画:VR Technology Gives NFL Players an Edge | NFL Next

VRを使えば、ゲーム上で特定のシチュエーションを作り出し、フォーメーションを繰り返し試すことができるため、不得意な動きなどの反復練習に役立つ。

またゲームの状況に応じた動き方をシミュレーションすることにより、実戦における作戦の立て方も考えることができる。アメフトは特に戦術が必要とされるスポーツと言われることから、選手がVR上でさまざまな作戦を試す効果は大きい。しかもVRトレーニングには大掛かりな準備は不要なので、遠征先にVRデバイスを持ち込みいつでもトレーニングできるという利点もある。

さらにVRトレーニングの特長として、実練習のように体を動かす必要がないため体力を消耗しない点も挙げられている。選手はシーズン中、試合に向けて体力を温存する必要がある。そこで、必要以上の体力を使わずに済むVRトレーニングは、選手の健康管理の面でも好評だ。

2017年にはStrivr社はNFLから出資を受けており、現在では大学のアメフトチーム向けにもサービスを提供しているほか、バスケットボール、野球、アイスホッケー、スキーなど多種多様なスポーツにもVRトレーニングを提供している。

そしてStrivr社はスポーツ分野で実績を収めた後、企業向けトレーニングでも数々の実績を上げている。とりわけ有名な事例は小売り大手のウォルマートでの取り組みだ。ウォルマートでは全国の数千店舗に新しい機械や設備を導入することがあり、オペレーションに関わる従業員も多数いるため、全員のトレーニング機会を捻出することが難題であった。

そこで、顧客がネットで注文した商品を実店舗で受け取るための自動販売機「ピックアップタワー」導入時、ウォルマートは従業員に対し、Strivr社の技術を用いて導入機器の使用方法に関するVRトレーニングを行った。従来は座学の後、機材が置いてある店舗に直接赴きトレーニングを行っていたが、VRトレーニングでは店舗に出張する必要がなく、また他の受講者との調整などによる待ち時間も発生しない。その結果トレーニング時間は、通常の平均である8時間から15分に短縮(96%の短縮)され、効率的に運用を開始することができた。

ウォルマートでのVRを用いたトレーニングの様子は、以下の動画を参考いただきたい。

動画:Walmart Virtual Reality in Academies

また米大手通信企業のベライゾン社におけるカスタマーサービス研修も、Strivr社のVRを活用している。顧客のクレーム対応や強盗が押し入った場合などを想定し、VRでよりリアルなロールプレイングを行うことで、カスタマーサービスの品質と従業員の安全に配慮している。以下の動画でその一端を見ることができる。

動画:Protecting Verizon’s workforce with Immersive Learning

Strivr社は2020年3月、投資ラウンドBで3,000万ドル(約32億2,020万円)の資金調達に成功した。新型コロナウイルスの影響でバーチャルでのトレーニングに対する需要はますます拡大しており、Strivr社の動向が注目される。

VRでのトレーニング分野を幅広くカバーするEONReality


(画像出典:EON Reality社ウェブサイト

VRのさまざまな業界向けトレーニングソリューションで20年以上の歴史を誇るのが米カリフォルニア州アーバインに本社を持つEON Reality社だ。携帯電話やHMD、大規模な画面や設備などを使ったVRトレーニングアプリケーションを提供する企業として世界20か所以上の拠点でソリューションを展開しており、2016年には、日本法人も設立されている。

同社のソリューションの中でも医療分野でのトレーニングプログラムは特に評価が高い。従来は体内機能や構造において全体像の理解に留まっていたが、同社のVRアプリケーションによって体の中に入り込むような体験が可能となり、骨、筋肉、臓器など各部位の詳細を様々な角度から確認できるようになった。実際に人体解剖をするのとは違い、VRの世界なら繰り返し演習も可能であり、限りなくリアルな形で医療従事者が人体の仕組みを理解することに貢献している。以下の動画がわかりやすい。

動画:Virtual Anatomy

また、同社では航空機に関わるVRトレーニングも提供している。操縦のシミュレーションはもちろん、エンジンメンテナンスなどのトレーニングでもVRが活躍する。小型機から大型機まで膨大な種類の航空機の機材のメンテナンス方法を学ぶトレーニングや、エンジンの詳細な部品までバーチャルに分解するトレーニングができ、メンテナンススタッフのスキルアップに役立てる。また空港内での火事、テロなどの非常事態に備えたトレーニングもリアリティをもって実施することができるようになっている。

動画:Aviation Maintenance Trainer

VRにおける教育・トレーニングを得意としているEON Reality社だが、新型コロナウイルス拡大に際してはAR/VRでの教育の機会が大幅に増えることを予想し、同社のAR/VRプラットフォームの基本機能を当面(パンデミック収束まで)無料で提供している。画像や動画などの素材を元にVRでのトレーニングコースを開発し、クラウドベースで提供する機能だ。これにより、教育機関がAR/VRを用いた教育コンテンツを導入しやすくなった。世界中で学生の通学が難しくなり、オンライン授業に切り替える中、同社はスイスのルツェルン応用科学芸術大学やイタリアのシエナ大学などの教育機関と積極的に連携し、AR/VRを用いた教育コンテンツを充実させることで教育機関とのパートナーシップを増やしている。

360度の没入型VR環境で危険な状況をリアルに体験できるIgloo Vision


(画像出典:Igloo Vision社ウェブサイト

Igloo Vision社は英国を拠点とする企業で、360度全方位型のスクリーンを使ったVR環境を提供している。ここまで紹介してきたVRソリューションは、主にHMDを使っているが、HMDは長時間の利用時には身体的負担になりやすい、個人トレーニングに適している一方チーム作業には向かないなどの課題がある。

それを解決するのが、360度全方位を囲む巨大なスクリーンにVRを投影する同社の技術だ。これにより、負担になりやすい長時間の作業や、チームで協力し合う作業のトレーニングが可能になる。

このソリューションを活用するのが、英国の大手エネルギー企業British Petroleum(BP)社だ。石油プラントの作業には危険が伴い、綿密なシミュレーションが必要となる。

そこで製油所に直径6mのドーム型のスクリーンを備えたVRトレーニング環境を設置した。実際の環境に近い形で、自らコントローラーを使い動きながら手順をシミュレーションすることで、実地研修に比べて安全にトレーニングできるようになった。以下の動画で様子がわかる。

動画:BP Hull Training Video

複数人のチーム作業が必要なトレーニングには、このようにスクリーン型のVRが有効だ。VRでのトレーニング方法はニーズに応じて多様なソリューションが考えられ、Igloo Vision社のサービスはその好例と言える。

まとめ

以上のように、VRはゲームやエンターテインメントの世界だけではなく、実用的な世界でのトレーニングにも使われるようになっている。HMDの低価格化やソフトウェア開発のプラットフォームができたことで、多様なトレーニングにVRが活用されている。

VRトレーニングがもたらす実社会への効果についてはまだ調査が少ないが、コンピュータサイエンスとエンジニアリングに関する情報を発信するIEEE Computer Societyによれば、リスクの高い作業を没入型のVRトレーニングで行うことにより、労働災害を減らすことが可能であるとしている。

また、ニュージーランドのエンジニアリング・コンサルタント企業Beca社では、自社で開発した建設業向けのVRトレーニングによって建築現場での安全性が向上した。建設スタッフに対する現場の案内を、ビデオやプレゼンテーションの代わりにVRで行い、現実に近い空間で現場の状況や危険性を理解できる機会を設けた。

スペインの自動車会社SEATが行った調査によれば、VR上で組み立てラインの設計と体への負荷を試行することで、負荷の少ないライン設計が容易に可能となり、結果として作業員の筋肉損傷率が70%減少したとしている。

このような事例からは、VRトレーニングは作業の負担を減らし、危険リスクの軽減にも有効である可能性が考えられる。図らずも新型コロナウイルスの影響で人と人との接触が制限される状況下においては、その活用がさらに広がる可能性も想像される。

(※為替レート 2020年6月12日現在 107.34円/ドル)

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