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成功するスタートアップが事業計画よりも大事にすること~正しいサイクルで仮説の解像度を上げろ~

成功するスタートアップが事業計画よりも大事にすること~正しいサイクルで仮説の解像度を上げろ~

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2019/04/15

前回に続き、シリコンバレーで自ら起業とイグジットを経験し、その後、米ベンチャーキャピタルのパートナーとして2,000社以上のデューデリジェンスを行うなど、国内外で数多くのスタートアップ育成の実績を誇る田所雅之氏に話を聞いた。

前回は、スタートアップとスモールビジネスの根本的な違い、顧客自身も気づいていないニーズを発見し共感すること、そして「知の知」になってはじめて事業計画を作成することやリーンキャンバスを用いて顧客と課題を明確にすることを解説した。今回は、そこからさらに「仮説の解像度」を上げることについていくつか事例を上げて述べたい。

成功するスタートアップが事業計画よりも大事にすること~リーンキャンバスで顧客と課題を発見しろ~

74%のスタートアップが失敗する理由

対象とするユーザーのニーズや参入する市場が明確ではない段階で、いきなり事業計画を書いてしまう。そのせいで思い込みに基づいて事業を拡大する。これを「時期尚早の拡大」と呼んでいるが、これで実に74%のスタートアップが失敗している。バケツの穴が閉じる前に水を入れてしまう、ということだ。

そうならないためにも、まずは学習にフォーカスすることが重要だ。学習というのは、前回の記事でも書いたように、「無知の無知」というところから始まり、「無知の知」になり、「知の知」になるところまでプロセスを踏むということだ。ところが、その前に事業計画を書くと思い込みを信じることになる。自分が認識している課題が他人にも当てはまるだろうと考えてしまうのだ。

スタートアップとは事業のことではない。他の誰も気づいていないニーズを見つける「実験」なのだ。それを理解しないまま起業するケースで、よくあるサイクルがこれだ。

【失敗する起業家のサイクル】

思い込みを信じて、とりあえずプロダクトを作る
(AIやブロックチェーンなどの流行りに飛びつく)

Facebookファン数、ブログのPVなど、自分の見たい指標を計測する

思い込みが強化された結果、誰も欲しがらないプロダクトができる

途方に暮れる(多くの場合ここで共同創業者が離脱する)

主観に基づき機能の追加や変更を行うが、状況が改善せず、また途方に暮れる

リソースを使い切って行き詰まる

これは「実験」ではない。バケツに穴が空いたまま水を入れているだけで、水はどんどん流れていく。定着率は低いままだし、売り上げもほぼゼロの状態が続く。

これを「プロダクト・マーケット・フィット(PMF)」ではなく、「プロダクト・ミー・フィット(PMF)」と呼んでいる。人(Market)が欲しいものを作っているのではなく、自分(Me)が作りたいものを作ることを意味する。

そうではなく、作り手側が最初にやるべきことは、顧客以上に顧客が考えていることを知ることであり、そのために主要な登場人物を洗い出すことだ。

顧客が本当はどう思っているのか、どう感じていて、どうなりたいのか、その思考を紐解いていくことで、どこに彼らの「痛み」があるのかを知る必要がある。さらにそれには必ず代替ソリューションが存在するが、それが抱えている「負」は何なのかを検証し、そこではじめて顧客と話を始める。

そうして将来、顧客が抱くであろうニーズを想定し、いかにして将来の市場にプロダクトをフィットさせるか、つまり「プロダクト・フィーチャーマーケット・フィット(PFF)」を考えねばならない。当然ながら、事業計画の段階ではそれは分からない。

目指すべきはこういうサイクルだ。

【あるべきサイクル】

ファクトベースのマクロ情報・ミクロ情報を集めて仮説を構築する
(リーンキャンバス、ペルソナ共感マップ 等)

インタビュー、現場観察等により、ターゲット顧客から情報を獲得する

KJ法(カードを使ったデータ分析法)やジャベリンボード(ターゲット顧客・課題・解決方法の3つの視点で仮説・検証するためのフレームワーク)、カスタマージャーニー分析等により、仮説を検証する

インサイト(消費者自身も気づいていなかった購買の理由)を発見する

あるべきUXを設計し、プロトタイプを構築する

顧客を通じてプロトタイプを検証し、更にインサイトを発見する

顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト(MVP:Minimum Viable Product)を構築する

指標を分析し、リテンション(顧客との関係維持)向上などのインサイトを発見する

プロダクトのイテレーション開発(アジャイル開発プロセスにおいて、短い期間に一連の工程をまとめ反復することで完成に近づけるアプローチ法)を継続し指標を計測する

プロダクト・マーケット・フィット(PMF)を達成する

注意しておきたいのは、顧客分析における顧客の声というのは、あくまで素人分析に過ぎないということだ。大事なのはむしろ彼ら自身が言語化できていない部分であって、それを知るためには、顧客を観察すること、顧客に共感することが不可欠だ。

例えば、医師が頭痛に苦しむ人に頭痛薬を処方することは簡単だが、患者はなぜ頭痛がするのか自分では説明できない。ただ「頭が痛いので薬をください」と言うだけだ。

ところが、この患者がおかれた状況を深掘りしていくと、実は育児に悩んでいたという事実が浮かび上がり、ベビーシッターを勧めることで頭痛が解消したりする。

自己実現価値をいかに提供できるかがカギ

※リーンキャンバスの画像

20190311_01.png

前回も述べたように、スタートアップがビジネスモデルを考案する際にはリーンキャンバスを描くことが有効だ。そして、キャンバスの真ん中のブロック、「独自の価値提案」には、実は4つの要素がある。

①利用性価値 便利かどうか
②内面的価値 精神的に満足できるかどうか
③社会的価値 自分以外の誰かのため利他的に寄与する価値

そして、

④自己実現価値 

だ。

B2Cにとって大事なのは、実はこの4つ目の「自己実現価値」だ。このプロダクトを使うことでなりたい自分にどれだけ近づけるか、自己承認欲求を満足させ、自己実現価値を得られるかどうか、それによって顧客はプロダクトを選んでいる。

例えばハーレー・ダビッドソンのバイクを何故買うのか。それは荒野を駆け抜けて精神的に開放される快感を得られるというイメージと、オーナーズクラブに参加することによるブランド価値を味わえるからだ。スターバックスの場合は、スタバにいる自分をイメージした時に好きになれる。プロダクトを通じてなりたい自分に近づくことが自己承認欲求を満足させ、高い自己実現価値に繋がる。

一例として、電動歯ブラシの市場は2009年までは非常に小さかった。なぜなら、若い女性の欲求を満たしていなかったからだ。当時、電動歯ブラシのユーザーの80%が50代の男性だったせいで「おじさん臭い」というイメージがあった。また、それまでの電動歯ブラシは大きすぎて洗練されていないというのが彼女たちの本音だった。

そこでパナソニックのドルツは、マスカラと同じキャップ状にして化粧ポーチに入れられるようにした。開発したパナソニックビューティの社員は平均50代の男性が中心だったが、彼らは実際に社内の女子化粧室に入って観察し、このインサイトを得た。

歯を磨く化粧室は女性同士の社交場であり、そこでマスカラサイズの歯ブラシを使うと他の女子の憧れになる。実はそれが深層の本音としてあったのを、誰も言語化していなかったのだ。この自己承認欲求を満たすことで商品がヒットした。(書籍『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』より事例引用)

これは事業計画ではなく、ユーザーの心理的ニーズの深掘りであり、ビジネスを始めるにはまずはインサイトを知ることが何ものにも優先するということを証明している。1,000人のうち999人が自覚していない、しかし、そこにものすごく深いニーズがあり、それを見つけられるかどうかが成功の分かれ目となる。

仮説を検証し、「痛み」を知り、「知の知」になる

では自己実現価値を提供できるサービスを作るために必要な事は何か?言うまでもなく、顧客が誰であって、彼らの課題は何かということを特定し、そこからインサイトをえぐり出す、つまり、前述の「あるべきサイクル」にある「仮説の検証」に他ならない。

面白い例を紹介しよう。あるグループメンタリングでの話だ。

家電製品の保証書は年間約5億枚発行されている。ところが、保証書がどこに保管されているか大概のユーザーが忘れ、半分が失くしてしまう。そのうちの4分の1が、故障などを理由にトラブルになる。こういう経験をするとユーザーはそのメーカーを嫌いになり、その製品を買わなくなる。

白物家電の場合、5年~10年に1回買い替え需要があり、その予算も比較的大きい。従って、このビジネスの市場も大きい。

そこで、あるスタートアップが保証書を管理するサービスをサブスクリプションで提供することを考案した。それに対してまずやるべきこととして提案したのは、日本中の家電メーカーをすべてマッピングし、最低でも20社、直接会ってインタビューすることだった。

直接会うと、そこで「痛み」が分かる。「知の知」だ。そこにインサイトがある。しかも、ファーストユーザーになる可能性が高い。そこで事例を作れば他のメーカーにも横展開できる。ここに至るまでに事業計画は必要ない。

このスタートアップの場合は保証書を発行する家電メーカーとユーザーの双方にメリットを提供できる、ツーサイド・プラットフォームなので、メーカー側の「負」も解決し、どういうチャネル戦略を立てるかまで考えると同時に、自分の課題を認識できていないユーザーの「負」をも解決しなければならない。従って、まずはエンドユーザーがどういう人で、どこに存在するかを見極めることが先決だ。

ユーザーと直接話すことでそれが分かり、まずその小さな市場を独占する。そこではじめて、横展開するために事業計画を書くのだ。

「仮説の検証」はアイデア次第でどんな方法でもできる。前述の通り、スタートアップ業界にはMVPという言葉がある。

M:Minimum (最小限の)
V:Viable (実用性のある)
P:Product (プロダクト)

つまり、少ない時間内でユーザーのニーズに基づいて最小限の価値を提供する商品やサービスを構築することだ。仮説を検証する際に、まずは動くものを作ってみるのがこの方法だ。

だが、「仮説の検証」に際して更に実効性のある概念としてMVVVPがある。

M:Minimum (最小限の)
V:Viable (実用性のある)
V:Valuable (価値のある)
V:Validated (検証された)
P:Product (プロダクト)

このうち、Validate (検証する)とは「学習する」ということであり、最初に出したプロダクトで学習できるかどうか、つまり学習専用のプロダクトを構築するという意味だ。

先日、某壁紙メーカーをメンタリングしたときの事だ。壁紙の色を切り替えるスマホアプリを作ればユーザーにうけるのではないか、というアイデアだった。ただし、その開発費に数千万円のコストがかかると言う。

そこで、私は、アプリを作る必要などないと提案した。Validate(検証)するには、アルバイトを10人雇って、色違いの布を用意し、ユーザーの目の前で次々と色を変えていく、そのユーザー体験からフィードバックを得るほうがよほど低コストだし、第一、早い。

ユーザーは一般家庭とは限らない。病院もあれば学校もある。病室の壁の色を変えることで患者の症状が改善するかもしれない。教室では、授業中は壁紙を青にすれば生徒がリラックスできるかもしれないし、給食のときには黄色にすれば雰囲気が和やかになるかもしれない。Validate(検証)する方法はいくらでもある。

これをいきなり事業計画化してしまうと、数千万円の予算を必要とするところで止まってしまうだろう。損益分岐点を想定し、百万円のユニットを百台販売しないとペイしない、というストーリーになりがちだが、そもそもそのユニットを作る前に考えうる方法を試してみて、その効果を測るほうが理にかなっている。

スタートアップにとって大切な点は学習にある。「プロダクト・ミー・フィット(PMF)」では決してない。思い込みを排除し、学習にフォーカスすることで、陥りがちな失敗を回避できる。事業計画はそのあとでいい。

B2Cでは人間の欲を深掘りしていくことが必要

ビジネスにどこから手をつけるかというと、もちろん顧客と話すことも大事だが、とりわけB2Cに関しては精神的なプロセスも必要だ。単に儲かるからということではなく、自分自身がそこに違和感を覚えるのはなぜか、という問い、つまり、「内省」あるいは「自分との対話」だ。

なぜ自分がそこに課題を感じるのか、コンプレックスを感じるのか、劣等感を抱くのか、そして怒りを覚えるのか。そこに向かい合って自分の感じたストーリーを言語化、可視化していくプロセスが欠かせない。

例えば、Instagramが流行ったのはただ単に共感するからというだけではなく、自己顕示欲や承認欲求を満たしたいという側面が強いのではないだろうか。承認欲求というものは、誤解を恐れずに言えば、人間の傲慢な部分でもある。

マクドナルドの例をあげよう。2006年頃、女子大生にグループインタビューを実施した上で、ヘルシー、低カロリーを売り物にサラダマックを販売開始したが、まったく売れずに1年で販売停止した。

ところが、その後メガマックやクォーターパウンダーを売り出したら、多くの女性が表参道で行列をなした。結果、大ヒットして30%売上が伸びた。つまり、顧客の求めているものは実は低カロリーとは真逆だったわけで、これはまさにインサイトだ。

ヘルシーなものを食べたいという表面的な言動の裏には、実は分厚い食べごたえのあるハンバーガーにかぶりつきたいという欲求があるのだが、同時に、その欲求には向き合いたくないという心理も働いている。

市場はインサイトをベースにして創造するべきだが、B2Cにおいてはより人間の欲求を深掘りしていくことが重要であることを示す好例と言えるだろう。

■ 田所雅之

1978年生まれ。日本で3社、米国で1社のスタートアップを起業。帰国後、米国ベンチャーキャピタルのベンチャーパートナー。スタートアップのアドバイザーなどを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシック(東京・千代田)のCSOも務める。スライド集『スタートアップサイエンス』を作成し、国内外で50,000回以上シェアされ大きな反響を呼んだ。2017年、ユニコーンファーム(東京・港)を設立し、スタートアップの育成支援に注力する。また、複数の上場企業のイノベーション推進顧問を務める他、国内大企業および外資系企業の新規事業開発アドバイザーを担い、経済産業省主催のスタートアップ支援プログラムの委員も務める。2018年11月より、オープンイノベーション/産業革新の内閣府審議会メンバー。著書『 起業の科学 スタートアップサイエンス 』はAmazon経営学カテゴリーで連続70週一位(原稿作成時点)。

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