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キャッシュレス社会はいかにして広まったか キャッシュレス最先端の国、オランダの現状

キャッシュレス社会はいかにして広まったか キャッシュレス最先端の国、オランダの現状

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2017/10/03

オランダで暮らしていると、お金(紙幣や小銭)を触る機会がめっきり減る。気づけば小銭数枚しかないお財布で数週間過ごしていることもしばしばあるが、全く不都合を感じない。そんなキャッシュレスライフを可能にしているのが、銀行口座のキャッシュカードに自動付帯されている「デビット機能」である。

日本のEdyのようなプリペイド型ではなく、支払い用口座に紐づけされており、支払ったその場で口座から引き落とされる仕組みで、支払口座の残金がゼロになるとデビット機能が働かなくなる(ABN AMROやINGなどオランダの主要銀行口座ではBetalen支払い、Sparen貯金)の2つの口座に分かれる)。ヨーロピアン・ペイメンツ・カウンシル(欧州決済協議会)によると、EU圏内でオランダの人口比率は3.7%だが、キャッシュレス決済は6.2%で、北欧、英国に続いてキャッシュレスが進んでいる国の一つと言える。

キャッシャーに設置してあるターミナルでピンコード入力して決済することから、オランダ国内では「Pinnen(ピネン=ピンの複数形)」という呼称で知られているデビットカード。その使用範囲は恐ろしく広く、ショップ、スーパーマーケットはもちろんのこと、レストラン、レジャー施設、広場で定期的に開かれる市場でさえ受け付ける屋台もある。

現在、国内でデビット決済できる端末の数は30万5000台。つまり日常のほぼすべてをカード一枚で済ませることができる環境にあるのだ。日常使いのスーパーの中にはデビットカードオンリーのレジカウンターもあり、高級食材を扱う「Marqt(マルクト)」というスーパーや、小麦粉にこだわったベーカリーなど、若者や食に意識が高い層をターゲットにしたチェーン店のなかには現金を受け付けないショップさえある。

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最大手スーパー「Albert Heijn」のデビット決済専用キャッシャー
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アムステルダムを中心に18店舗を展開する高級スーパーのマルクト。オーガニックにこだわる若者層をターゲットにしており「早く買い物できる」も戦略の一つだそう
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少額決済のベーカリーだが、この店はデビット決済しか受け付けない

デビット決済の驚異的な普及

オランダ国内の決済システムの共同開発やコンサルタントなどを行うダッチ・ペイメンツ・アソシエーション(Dutch Payments Association、蘭語ではBetaalvereniging Nederland)によれば、売り場(POS)でのデビット決済の比率は、2015年に現金と並び、2016年にはデビット決済が54.5%、現金決済が45%(0.5%はクレジットカード決済)と上回り、2017年には2018年の目標だったデビット決済60%、現金決済40%に到達すると見込んでいる。金額で見ると、国内における2016年のデビット決済額は約36億ユーロで、過去3年間で10%の伸びを見せている。

一方で一回の平均決済額は2016年27.27ユーロ。2015年の28.67ユーロから低くなっており、10ユーロ以下の決済は前年比で17.2%アップ。少額決済の使用が増えているということは、消費者にキャッシュレスが浸透している証拠と言えるだろう。

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2010~2015年のデビットと現金決済の推移 資料:The Dutch Central Bank/Dutch Payments Association

オランダでは実際のところ、1987年からデビットカードは存在していた。普及率はなかなか上がらず苦戦していたところに2010年頃からデビットカードが急速に普及し始める。起爆剤になったのは銀行間の連携と、2005年、リテイラーと銀行の間で合意に達した基本協約だと同協会のGijs Boudewijn氏は言う。

「銀行間での連携・協働により共通の決済インフラがあり、決済にかかるコストはヨーロッパで最も低い国になっていました。しかし、銀行とリテイラーの間の交渉はこう着状態にありました。そこで、中央銀行を仲介に両者を同じテーブルに座らせて議論を重ね、価格面からも検討するべくコストスタディを行うことを決定しました。両者がその計算方法について合意したのが2005年のことです」

一年ほどかけて詳細なコストスタディをしたところ、デビットカードよりも現金のほうがコスト高である計算がはじき出された。「計算方法に合意した時は、どのような結果が得られるか予想はできませんでした。幸いにもキャッシュレスはコスト安であるというが数字で示されたことによって双方のこう着状態が解け、キャッシュレスへのロードマップに銀行、リテイラーが協力して進んでいけるようになったのです」。

2013年に行われた最新のコストスタディによると、決済ごとにかかるコストは現金では24セント、デビットカード19セント、コンタクトレス(非接触型)15セントだそうだ。ちなみに、このコスト計算は銀行への手数料などではなく、金銭の勘定、輸送、保管、管理など、主にショップオーナーを評価項目にしている。

2015年に消費者協会の全面的な協力を経てダッチ・ペイメント・アソシエーションが旗を振り、デビットカードの利便性を訴求する「PINNEN JA GRAAG(英語ではPinnen, yes, please)キャンペーン」でプロモーションを行った。

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「PINNEN JA GRAAG」キャンペーンのステッカー

「小さな商店などは決済システムを変えることに消極的でしたが、現金に固執している間にデビットカードに馴れてきたお客さんが他の店に行ってしまうかもしれない。このように、使う人が多くなるなら導入しようか、店が多くなるならカードを使ってみようかと、リテイラーと消費者の需要と供給が交差しながら広がっていったと言えるでしょう」。

2014年からはデビットカードによる返金も可能になり、同じ年にコンタクトレス決済の導入も始まった。この3年、コンタクトレス決済はうなぎ上りで、決済額では2016年は前年比で5倍の6億3000万ユーロで、2017年の3月末には10億ユーロに到達、デビット機能での決済の36%を占めるまでになった。

現在はコンタクトレス決済の限度額は50ユーロ、1回の支払限度は25ユーロに設定されているが、決済の平均金額も2015年の8.90ユーロから11.18ユーロに上がっており、将来、限度額の引き上げも検討しているという。スマートフォンによるデビット決済はアーリーアダプターのフェーズにあり、2017年末に50万のEウォレット到達を目指している。

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デビット決済金額の推移(単位:百万ユーロ) 資料:Dutch payments Association

台頭するインスタント・ペイメント

ここ最近、「インスタント・ペイメント」という今後の決済サービスのランドスケープに大きな影響を与えそうな新しいシステムがオランダをはじめ欧州で大きな動きを見せている。

インスタント・ペイメントとは、24時間/365日可能な即時取引決済システムで、スマートフォンを使った個人間・企業間の取引決済も可能である。2017年の11月に発行される欧州決済協議会のルールブックによると、SEPA(単一ユーロ決済圏)のインスタント・クレジット・トランスファーのスキームは、最高限度額は15,000ユーロ、決済にかかる時間は10秒と定められている。

「オランダでは少し異なるアプローチをとっています」と前述のBoudewijn氏。オランダでは取引額の上限を設けず、決済時間も5秒を目指すという。10秒でも十分速いと思うのだが、さらに短縮する理由を聞いたところ・・・

「現在の銀行送金の着金は振込み日の営業日翌日です。平日は1日、金曜日に振り込まれたお金は翌週の月曜、銀行が開くまで待たなくてはいけません。そのシステムが当たり前だと誰しもが思っていますが、そうでしょうか。インターネットによるイノベーションでメールを瞬時に受け取ることが可能になっているのに、お金でなぜそれができないのでしょう。速さを極めるというより、できると考えたほうが合理的でしょう。フィンテックの進展により環境が整いつつある今、取引決済のプロセスで “待つ” というのはもはや許容できない時代になっているのです。個人間でも瞬時に取引決済できるインスタント・ペイメントは、銀行にとって脅威かもしれません。しかし、オランダの多くの銀行は、むしろ古いシステムを脱ぎ捨て、新しいインフラから創出されるビジネス機会を捉え、競争力をつけていく好機と見ています」

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取材に応じてくれたダッチ・ペイメンツ・アソシエーションのGijs Boudewijn氏

決済システムの方向性を決めるものとは

日本でもおサイフケータイ、プリペイド式カードとキャッシュレスのインフラは整っている。おサイフケータイが導入されたのは2004年で、その当時の普及率を考えれば、日本はむしろオランダより先を行っていたと言えるかもしれない。しかし、日本では今でも現金決済が今でも欠かせない状況だ。一概に比較はできないが、日本とこの数年でキャッシュレスを一気に加速させたオランダの違いはどこにあるのだろうか。

自分は学者ではないがと前置きしつつ、Boudewijn氏は語る。「フィンテックはグローバルな技術であり、インフラが整っているならどの国でもアクセスでき、導入できるはずです。それなのに国によって事情が違う。ヨーロッパでいえば、北欧はキャッシュレスの先進をいっており、ドイツはまだ貨幣が強い。英国、オランダはほぼ同じで、その後にベルギーがおり、南に下がれば下がるほど貨幣が強くなっていく。その違いは何か――」。

「高度な技術を持つ現代においても、その要因は国の歴史や文化に求めざるを得ないのです。オランダは小さな国ですが、貿易で発展したこともあってオープンな風土があります。人々は新しい環境への抵抗感が少なく、それが便利で有益ならむしろ積極的に切り替えます。キャッシュレスを加速できたのは、そんな人々の行動に加えて、前述したように中央銀行が介在して銀行とリテイラーが連携したことです。オランダでは社会にとって有益ならば業種を超えて横断的に取り組む気質があります。もちろん、そこにはインセンティブが働かなくてはなりませんが。本来、思惑が一致しない者同士でも信頼しあい、協力して社会の仕組みを作り上げていくというのは、オランダにおいてはことさら特別なことではないのです。そういった意味では、決済システムとは技術を超えたところにあると言えるかもしれません」

ユーロ圏内では貨幣がまだ強い国もあり、オランダ国内においても高齢者などインターネット技術に慣れてない層や障がい者などを考慮して完全キャッシュレス社会になることはないが、Boudewijn氏はキャッシュレス決済が全体の80%に到達するのはさして困難なことではないと見ている。そして、インスタント・ペイメントは2018年にテスト、2019年初旬のパイロット運用を経て、2019年5月にサービス提供を目指している。

取材・文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)

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