大手メディアが伝えない、世界のハードウェア市場を席巻する「フランス勢」の実態

大手メディアが伝えない、世界のハードウェア市場を席巻する「フランス勢」の実態

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2017/03/13

(「CES」の公式サイトより)

Cerevo岩佐さんを驚かせたフランス勢の大躍進

日本のハードウェアスタートアップの代表格と聞かれて、Cerevoの名前を挙げる人は多いだろう。同社の代表である岩佐琢磨さんが書いたある「ブログ記事」が、今年1月に話題となった。

大手メディアが書かない、CES2017の実態(出展者目線)|キャズムを超えろ!

「やはり、大手メディアさんはメディア視点。私は自社ブースにいたのでほとんどCES会場を見て回れていない、という点を釈明したうえで今回のCES2017について私なり(5年出してる出展者目線)の感想を述べたいと思う」

「CES」とは、米ラスベガスで毎年1月に開催される世界最大級のデジタル家電見本市のこと。業界のトレンド、今後の動向を知る上では見過ごせないイベントで、貴重な「出展者目線」でのレポートは広く拡散された。

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「CES2017」の会場(「CES」のFacebookページより)

岩佐さんがその記事の中で、アマゾンの「Alexa」による市場の席巻と並べて特筆していたのが、「フランスハードウェアスタートアップ勢」の驚異的な躍進だった。

「スタートアップシーンのほぼすべてはフランスに持っていかれた(中略)ハードウェアスタートアップといえばフランスをWatchしないでどうする、というほどのイメージを来場者に与えていた。(中略)全てにおいてフランスの強さが際立っていた」

多くの方は「IoT(モノのインターネット)」のトレンドを背景に世界のハードウェアスタートアップシーンが活況を迎えていることはご存知だろう。しかし、「その中心地の一つがフランス」と言うのは少し意外ではないだろうか。CES現地の状況について、岩佐さんに話を聞いた。

「スタートアップの数という意味では今年も中国が圧倒的でした。これは例年変わらないことなのですが、今回はフランス勢が『束感』を出して攻勢をかけてきた印象です。『フランスのハードウェアスタートアップって、なんだか良いよね?』というイメージの定着に成功していました。ここは中国が大失敗したところであり、日本も上手くはできていない部分です」

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CESに出展したフランス勢(「TechCrunch」より)

たしかに、フランス勢の躍進はCESにまつわる「数字」にも表れていた。今年出展した約4000の企業のうち、約6%に相当する233社がフランスの企業。スタートアップが集うフロア「Eureka Park」に至っては、約600社のうち、「約30%」に相当する178社がフランス勢だったのだ。

彼らの勢いについて、岩佐さんはこう語る。「日本勢と比較してすごいと感じたのは、起業家たちの『本気度合い』です。ずらりと並んでいたフランス系のスタートアップのほとんどは投資家からの資金を入れて急成長を狙ってやっていた。それがあれだけの数、質そろっていたのは驚異的です」

日本勢のCESでの奮闘振りはどうだったのか。「日本勢には資金調達を経ていない『個人の趣味レベル』でやっている人たちはそれなりにいました。しかし、投資家からの資金を入れてやっている人たちは絶対的に少なかった。投資家、起業家、どちらの観点から見ても、日本はアメリカ、中国に水を開けられ、フランスに追い抜かれてしまったことは、まぎれもない事実です」(岩佐さん)

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フランスの元首相フランソワ・フィヨン氏もCESに登場(「CES」のFacebookページより)

フランス勢の強みは「伝統ある科学技術とデザイン」

CESにおけるフランス勢の大躍進、それを支えるのは2つの大きな「組織」だ。いずれも国産ハードウェアスタートアップへの出資はもちろんのこと、あらゆるリソースを活用して支援する「Hardware Club」と「La French Tech」。

前者のHardware Clubは、世界初のハードウエア特化型コミュニティベースのベンチャーキャピタル。後者のLa French Techは、フランス政府と世界各地のフランス大使館が同国発のスタートアップの海外進出および国外のスタートアップによるフランス進出を支援するプログラムである。

そのうちの一つ、Hardware ClubのGeneral Partner、Jerry Yangさんにフランス勢のハードウェアスタートアップの強みを聞いた。

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「Hardware Club」のパリオフィス

「フランスは、航空機メーカーの『エアバス』や自動車メーカーの『ルノー』に代表される従来からの産業、理工系の『エコール・ポリテクニーク』を始めとする大学や研究所での技術開発を背景にハードウェアエンジニアリングに強みを持っていることに加えて、数々のラグジュアリーブランドに見られるように伝統的に優れたデザイナーが多く生まれる土壌があります」(Jerryさん)

そんな科学技術とデザインに魅了された起業家や投資家たちが交わり、お互いが共通する課題(製造、流通、資金調達など)に直面していることに気づき、知識や経験、ネットワークを共有するコミュニティやベンチャーキャピタルが生まれていったのだ。

では、その伝統ある科学技術とデザインは、どのような形でスタートアップのプロダクトに表れているのか。Jerryさんに投資先の企業を2社推薦してもらった。

1社が、「Prynt」。撮影した写真をそのまま印刷できるスマートフォンケースだ。ただそれだけであれば、本家のポラロイドやその他大勢に食ってしまわれそうなものだが、クラウドファンディングサイト「Kickstarter」で1億5000万円以上の資金を集め、成長を続けている。

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「Prynt」

単に写真をプリントするだけではなく、印刷した写真にアプリをかざすことで、クラウドに保存された動画をARで再生できる。さらに、ハードウェアの美しさだけでなく、動画再生の機能が使う人たちの感情的側面を刺激し、感化しているのだと分析する。

Pryntチームは開発過程で数え切れないほどのスケッチをし、さまざまなパターンのプロトタイピングを重ねた。特殊な写真印刷用紙を使用しているためインクが必要なく、さらに手にしっかりと馴染むよう滑らかに設計されているなど、デザイン面への配慮が見て取れる。

もう1社が、「Aryballe Technologies」。人間の鼻にかぎりなく近い味覚と臭覚を持つ「電子の鼻」とも言うべきデバイスで、医療、食品、環境といった分野だけでなく、家庭や無臭症患者支援への活用の可能性も秘めている。

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「Aryballe Technologies」

見た目という意味では汎用性の高いデザインとなっているが、テクノロジーのデザインという観点では人間の鼻により近づけるよう、バイオセンサーとプリズム、そして機械学習を組み合わせることに挑戦している。

Cerevoの岩佐さんも、フランス勢の「デザイン性」を高く評価する。

「ハードウェアのデザインだけでなく、連動するアプリのデザイン、果ては展示ブースの設計からパンフレットのデザインまで、『トータルでのデザイン性』の高さが来場者の目を引いていました。言語やカルチャーの面も大きく、流暢な英語での対応は当然として、来場者への声の掛け方や応対時の話の持っていきかたにも強みもあると再認識しました」

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「CES」で「Hardware Club」が構えたブース(「Hardware Club」のFacebookページより)

世界のハードウェア市場の中心地への足がかりは着々

冒頭で書いたとおり、岩佐さんが「日本はフランスに追い抜かれた」と感じた理由は、実はもう一つある。それはフランスが思い描く壮大なビジョン、つまり「世界のハードウェア市場のグローバルハブ」を本気で目指し、行動を起こしている点だ。

「よくよく話を聞くと、フランスの支援を受けているが本社はスウェーデンだとかスペインだとか。かならずしもフランスに限定しているわけではなく、Hardware Clubなどは広く世界中をネットワークし始めているんです」(岩佐さん)

実際、すでにフランスの投資家たちが世界に散らばり始めている。

「中国の深センが拠点のハードウェアスタートアップに特化したシードアクセラレータ『HAX(ハックス)』の主要メンバーはフランス人。支援しているのはアメリカベースの企業が多いのですが、投資する企業の条件は『拠点を深センのHAXオフィスに移すこと』。もうこうなってくると、フランスなんだかアメリカなんだか中国なんだかよく分からないですよね」(岩佐さん)

Hardware Clubにアドバイザーとして参画し、各メンバー企業の日本進出を支援する「中の人」、クラウドファンディングサイト「Kibidango」を運営するきびだんご代表の松崎良太さんも、「フランスを拠点に、と言われるとたしかに違和感がありますね」と語る。

「私がHardware Clubを支援しようと思ったのは、『ハードウェアスタートアップは世界中で同時多発的に興っている。彼らに共通している課題を、コミュニティを形成することで参加者全員で解決できるのではないか』という同社の目指す世界観に共感したからなんです」(松崎さん)

実際、Hardware Clubには30カ国240社以上の企業が参加している。

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Hardware Club主催のイベントに集う参加者たち

松崎さんから見て、フランス発のスタートアップの印象は、「日本のハードウェアスタートアップの多くはまだ『自国市場』を中心に考えているのに対して、フランス発であっても弾みをつけて一気に世界に打って出る『Born Global』なメンタリティを持つグローバル志向の企業が、規模の大小に関わらず多い」のだそうだ。

ハードウェア市場のグローバルハブとしての地位を確立すべく、各組織はあらゆるリソースを世界中で提供するためのネットワークの充実を図っている。

「120超の提携先企業とともに製造、流通、資金調達を支援しています。メンバー専用のプラットフォームを通じたコミュニティ内の情報交換の活性化や、英ロンドンの高級百貨店「ハロッズ」を始めとするポップアップストアでのリテールプログラムの提供、スタートアップと提携先企業との協働に向けた橋渡しなどです」(Hardware ClubのJerryさん)

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ロンドンの高級百貨店「ハロッズ」で展開したポップアップストア

La French Techもフランス政府や世界各国の大使館の権限、ネットワークを活かし、起業家ビザ発行の簡易化、スタートアップへの補助金支給、事務作業を英語でサポートする窓口の設置など、同国を拠点に活動したい海外の優秀な人材を手厚く支援している。


日本市場が巻き返すためにクリアすべき課題

フランスがここまで大きく変革できた理由について、Hardware ClubのJerryさんに聞いた。

「若者の失業率が日本に比べると高いことが、若者の起業率を押し上げている一因だという見方もできますが、一番の違いは『起業やスタートアップに対する社会的認識の変化』だと考えられます」

「フランスは教育システムが高度に構造化されており、日本と同様失敗を極度に恐れる風潮が長らくありました。しかし、金融危機以降の政府による支援も相まって、ここ数年で国内のトップスクールの卒業生たちの『大企業ではなくスタートアップに就職したい』、または『起業したい』という機運がかなり高まっています。そもそも日本と比べると、キャリアに空白が生まれることをそれほど恐れてもいません」

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海外起業家の誘致について講演するフランスのフランソワ・オランド大統領(「La French Tech」のTwitterより)

「もとより『起業家』を意味する『Entrepreneur』の語源は、『実行する』という意味を持つフランス語にあり、世界最高峰のビジネススクールの1つである『INSEAD』の創設者、Georges Doriotが世界初のベンチャーキャピタルの創設者でもあると言われることからも見てとれるように、起業家精神を謳歌する風土はもともとあったのだと思います」

つまり、元来の国民性である「起業家精神」が、金融危機を契機に開花したのである。Hardware Clubから見て、日本市場はどう映っているのだろうか。

「ハードウェアスタートアップにとって、日本はBtoB、BtoCの両市場のみならず、技術や製造拠点の構築においても非常に魅力的です。一方、言語の壁、製品規格や商習慣の違いから海外のスタートアップにとってはまだまだ障壁の高い市場だと考えています」(Jerryさん)

同じく日本市場の課題について、岩佐さんにも聞いた。

「わたしは再三申し上げていますが、何千人というR&D部門を持つ大企業は別にして、ハードウェアスタートアップの世界において日本が世界に誇る技術などありません。しかし、電気設計(回路)技術者、メカ設計技術者、意匠設計技術者(デザイナー)、そして組み込みソフト技術者は、日本に大量にいます」

「彼らが起業し、リスクマネーが潤沢に投資されれば、フランス政府がやったように技術者移民を促すほどドラスティックな施策をせずとも、ハードウェアスタートアップの世界において十分に巻き返していけるはずです」

Hardware Clubはフランスの首都パリに加え、米サンフランシスコ、台北、そして昨年末には東京オフィスを開設した。日本のハードウェアスタートアップの起業家、投資家が世界とつながるための門は、すでに開かれている。


取材/文: 岡徳之(Livit

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